柏戸の蕃山堤(2016 Facebook記事を修正)

 熊沢蕃山は江戸時代初期に、備前(岡山県)や京都で活躍した陽明学者で、晩年は幕府を批判したとして罪に問われ、古河藩主・松平忠之に預けられました。古河城内で蟄居の身となり、元禄4年(1691)に死去、墓は古河・大堤の鮭延寺にあります。

 蕃山は学者でしたが、治山治水にも活躍し、古河とその周辺にも遺構がいくつも存在します。蟄居ながら領内を出歩くことが出来、藩への指導なども行っていて、頼りにされていたようです。よく知られているのは古河市関戸にある「蕃山溜」で、これは稲作のために用いられた貯水池です。

 加須市・柏戸の出流(いずる)神社も、「蕃山堤」とよばれる盛土の上に建てられています。こちらはあまり知られておらず、明治時代の地図をみても、堤防の痕跡が分かりません。現地を見に行きましたが、この土盛りが堤防であるとは確認できませんでした。

参考文献 『北川辺の民俗(一)』北川辺町(1984年)

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