(2015 Facebook記事を修正)
北新町(きたしんまち)・南新町(みなみしんまち)は現在の本町一丁目~二丁目。
旧日光街道東側の並行して南北にのびた通り沿いの町で、鍛治町通りから七軒町通りまでが北新町、そこから八幡神社までが南新町です。
江戸時代のはじめごろは、新町と呼ばれましたが、宝暦年間(1750年ごろ)に北と南に分かれたようです。日光街道に面した町に対し、新しく形成された町という意味。北新町には諏訪八幡神社や西光寺があります。大聖院は位置的には北ですが、何故か南新町に入ります。
青物横丁(あおものよこちょう)(青物町とも)は現在の本町二丁目。
旧日光街道に接続する、県道250号古河総和線(七軒町通り)沿いの町屋です。旧日光街道との丁字路南西角に、青物の卸売をしていた八百四郎(八百屋四郎兵衛)がありました。
八幡町(やわたまち)は現在の本町二丁目と三丁目の境界付近。
旧日光街道から境町方面へ東に分岐した市道(通称八幡町通り・大堤道とも)沿いの町です。八幡神社が名前の由来で、今でもこの町に鎮座しています。八幡神社は寛永19年(1642)城主・土井利勝により、鬼門除けとして城内より現在地に移されており、町が出来たのもそれ以降と推定されます。
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