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本丸御殿 

・本丸

大きさは正保城絵図によると東西33間・南北75間とあり、いびつな菱形状平面の曲輪です。周囲には土塁が巡らされており、北西に三階櫓、北東に菱櫓、南東に巽(辰巳)櫓、南西に弓櫓があがり、瓦葺きの土塀が巡っていました。出入口は西の馬出し・二の丸へつながる本丸表門と東帯曲輪につながる裏門があります。

内部には古河公方時代には御所が置かれ、徳川家家臣の時代の初期には城主屋敷が置かれていたものと推測します。江戸時代に入り将軍の日光社参の際の宿泊城となって以降に御成御殿が整備され城主屋敷は二の丸に移ったものと考えられますが、御成御殿が老朽化してくると財政的に維持が困難のためか取り壊され空地となりました。

居住空間としてみると周囲を高土塁と土塀に囲まれて風通しや水はけが悪く、住み良くはなさそうです。


・本丸御殿

長らく詳細不明でしたが、本多家重臣の中根家が保存していた「下総古河城内本丸ノ図」によりその構成が明らかになりました。

御成書院や老中座鋪、大きな料理の間など特有の施設がある将軍家専用の御成御殿であり、城主はここを使わず二の丸に居住しました。外観や屋根の葺材など詳細は不明です。創建も不明ですが本多家が入封していた時代に老朽化により取り壊されたものと考えられています。




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